我々が熱くなったあの音楽は・・・

モテギにレースを見に行く途中、悪友の真下と車に乗っているときの会話である。

冨研 ”これ、スピッツ?”

真下 ”おっ、良く知っんじゃん”

冨研 ”スピッツって最初ロビンソンってバンドかと思ってたよ”(^_^;)

真下 ”それは、言えるかも”(小爆)

いやいや、それは無いでしょう、(^_^;)

冨研 ”この手ってJ-POPって言うんだよね”

真下 ”そうそう”

冨研 ”俺らの時代はニューミュージックって言ったよね〜”

真下 ”そうそう!(^_^)”(うれしい笑い!)

冨研 ”さだまさしとか松山千春とかアリスとかチャゲアスとか・・・”

この後、延々とあのバンドはあーだった、こーだったと大盛り上がりであった、(^_^;) オヤジである・・・

今や、完全に死語となったニューミュージックも全盛を風靡した時代があった。70年代中盤から80年代中盤のジャンルではないだろうか?あのころは、フォークギター全盛の時代だったなぁ。

恥ずかしながら冨研工業も、ツレと”あすなろ”と称するフォークデュオを結成していた。もっとも、結成しただけで終わっていたが・・・(^_^;) しかし、そんな事を平気で言える時代であった。

当時冨研工業が好きだったのは、さだまさし。いいんだよねー、せつない歌詞が。

♪♪♪ 一つ二つ三つ流れ星が落ちる〜 そのたび君は〜あ〜あ〜胸の前で手をくむ〜 ♪♪♪

ツレが好きだったのは、中島みゆき。

♪♪♪ うらみま〜す〜 うらみま〜す〜 あんたのこと〜しぬま〜で〜 ♪♪♪

ちょっと怖かったです〜、(-_-; それに暗いし・・・

こんな話で大いに盛り上がってしまいました。いまもこれを書きつつ、線香花火(上に書いてあるさだまさしの曲)の歌詞の確認のためにベストフォーク300をめくってしまった。そして、ギターをつま弾き、く〜っ

自己陶酔の世界です。

でも、冨研工業は音痴、(;_;) カミさん曰く・・・

”子供が音痴になるから歌っちゃいかんて!”(怒の名古屋弁)

下手の横好きですなぁ・・・涙、涙、涙・・・(;_;)


編集後記

日曜日にマックの部屋で弾いていると(歌は禁止)宗一郎からうるさいから他でやって、と言われ、今に行くと、煙たがられ、仕方がないのでトイレで弾いています。(これは嘘)しかし、なんだね、音楽はストレス発散になるね、(^_^) これで音痴じゃなければ言うこと無いんだけどなー。

今、気に入っているのはジュディマリとヒスブルとモー娘。かみさん曰く・・・サイテー!
そうか?(^_^;)